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春ですね♪

ワタクシじゅんママの故郷である鹿児島県出水市の特攻碑の桜が開花したという情報をyumi-mamaさんから頂きまして、早速見に行って来ましたぁ自動車ダッシュ
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満開とまではいかないまでも、薄ピンク色の桜並木がとてもキレイでしたキラキラ
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低い位置にある枝を持って「これはソメイヨシノだね♪」と言いながら桜の花を愛でるじゅんちゃんでありましたウインク
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元戦闘指揮所防空壕の前でのじゅんちゃん。ここ特攻碑公園は出水海軍航空隊から飛び立った17歳から24歳の若い隊員達の慰霊の為に作られました。
戦時下は神風特別攻撃隊の基地として帰ることのない出撃を見守った場所が、現在では美しい桜が咲き乱れ、人々が笑顔で花見を楽しむ場所になっています天使
もう二度と未来ある若者達を兵器と化すような作戦を許してしまう戦争をしてはならない。そしていつまでもこの平和が続くよう、私達1人1人がしっかりと日本の行く末を見定めて行かなければ…と改めて思わせてくれる場所ですクローバー
ここで出水基地に関するエピソードを1つご紹介します。
私の父は当時(昭和20年)13歳でした。5歳上の姉(私にとっては伯母)がいました。その伯母を目当てに!?よく出水基地の隊員達が休日には訪れていたとかラブ。確かに伯母は綺麗で優しい人でした。女優の原日出子さんに似てましたねキラキラ
訪れる隊員の中には父の母に(私にとって祖母)こっそりと「おばさん、何か食べるものはないですか…」と訴える方もいたそうです。訓練に明け暮れる若い隊員はいくら食べてもひもじかったのかもしれません。
とはいえ一般の家庭も食糧難でしたから、分けてあげられるものはたかが知れています。炒めた大豆を袋に入れて渡したりしていたそうです。炒めてある大豆なら飛行服のポケットに入れ忍ばせておけば、1・2粒づつ口に放り込んで食べる事が出来るからという理由もあったようです。その光景を見ていた父が「うちも苦しいのに、どうして食べ物をあげてしまうの?」と祖母に聞いた事があるそうです。
そしたら「○○も○○も戦地に行っている。ひもじい思いをしているだろう。自分が航空隊の隊員さん達に良くしてあげれば、もしかしたら○○達も傍にいる人達から、同じように親切にしてもらえるんじゃないか、そんな気がするんだよ」と答えたそうです(○○は父の2人の兄です)。
この話を幼い頃から聞かされてきました笑顔
『親思う心に勝る親心今日の訪れ何と聞くらん』という句を思い出さずにはいられません。子供がどんなに親のことを思っていても、親が子供を思う気持ちには勝てないという意味が込められている句です。確か特攻隊員の遺書にも引用されていたと思います。

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久しぶりに大好きなじいちゃんばあちゃんと会えて、じゅんちゃんとっても嬉しそうでした音符
会う時は「じゅんちゃ?ん♪会いたかったよぉ?♪」なんて年甲斐もなく喜び全開のじいじとばあばですが、熊本に帰る時の見送りでは「元気でね!。じゅんちゃんまた来てね」と言いながらいつも2人とも涙ぐむんですよ?。じいじとばあばの気持ちは痛いくらい分かるんですが、毎回私も辛くて…悲しい
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冬休みにじゅんちゃんとばあちゃんと一緒に植えたパンジーやビオラがたくさん咲いているのを見て、じゅんちゃん大喜びでしたまる
特攻碑公園の桜といい、じいちゃんばあちゃんの庭の花といい、すっかり春爛漫ですラブ

------------------キリトリ---------はさみ--------
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 鹿児島・出水

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